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(158)「野田新政権への期待」 2011/09/12
野田新政権が発足しました。
少し歴史を戻させて戴きますが、私は今回の代表選挙では野田さんを 支持しました。衆参ねじれ状態の中での向こう1年間は党内融和と 野党協力なくしては、何ひとつ物事を前に進めることはできません。 1年間、韓信の股くぐりを強いられる日々が続きます。その意味では 平然と韓信の股くぐりをしながら震災復興に専念する覚悟を持って いるのは野田さんではないかと思っていました。しかし、野田さんとの 接点はほとんどありません。そのような状況の中で野田さんと直接話を する機会を得ることができました。8月22日(月)のことです。 今から振り返ると信じられないことですが、この時期は前原前外相の 出馬がほぼ決まり、野田さんは推薦人20人も集まらないのではないか。 前原さんに一本化し、事実上撤退せざるをえないのではないか、 と言われていた時期です。ある民主党長老議員が「野田さんは、 前原さん出馬でもはや圏外になった」という発言をした時期です。 このタイミングで野田さんと腹を割って話をする機会を得たのです。 私はこのような(勝ち目がないかもしれないという)危機的状況でも、 野田さんには掲げている旗を降ろしてほしくないと思っていました。 その旗とは増税の必要性を訴えることです。その時点で、増税を 主張していたのは野田さんだけだったのです。 私は、国民の耳に痛いことでも、長い目で見て本当に国民のためを 思うならば、増税論議から逃げてはならないと思っています。私は 野田さんを激励するため、関ヶ原の戦いで後ろに退かず、 徳川家康本陣を脅かしながら、敵中突破の退却戦を敢行した島津義弘の 例を引きながら、「多くの議員も国民も増税の必要性については 本音のところでは理解している。決して逃げることなく敵中突破の 覚悟があれば必ず活路が開ける」と激励しました。 今や総理になった野田さんですから、その時に野田さんが どう言ったか、どういう反応だったかなどは一切口外するつもりは ありません。しかし、「決して逃げることなく、信じた道を 突き進んでほしい」と激励したことは間違っていなかったと思っています。
私は常日頃から消費増税の必要性を訴えています。何故なのかを 語り始めると紙数が足りませんので、ここでは消費増税の 前提条件だけを記します。その条件は国会議員・地方議員定数の削減、 公務員人件費の削減、そして、ムダ遣いの根絶と予算の組み替えです。 まず隗より始めることが重要です。そして、社会保障及び将来世代への 投資の道筋をきちんと国民に示すことです。勿論、我が国の社会に安心と 活力をもたらす「経済活性化」には当然のことながら政権挙げて 取組まなければなりません。しかし、経済成長が軌道に乗ったらではなく、 新成長戦略の強力な推進と、「まず隗より始めよ政策」と、消費増税とは 同時平行でなければならないと思っています。
野田総理は人間的な信頼感、安定感があります。人気取りを狙った 奇をてらうパフォーマンスには与しない人です。代表選挙の演説、特に、 決選投票直前の演説において、決して逃げることなく、増税の必要性を 含め堂々と上記の主張をする姿には感動しました。誰しも守るべき人、 組織、地位ができると守りの姿勢が出てくるものです。しかし、 野田総理にはこの敵中突破の初心を忘れることなく、長い目でみた日本の 立て直しをやってもらいたいと期待しています。
本来なら、このメルマガはここらで筆を置きたかったのですが、 甚だ残念ながら、野田内閣発足わずか9日にして辞任に追い込まれた 鉢呂経産大臣のことに触れないわけにはいきません。結論から言えば、 原発被災地住民の信頼を得られない経産大臣では、原発事故の 早期収束という職務を全うできないことは明らかです。 私は(後任人事は全く別として)この判断を是とします。
最後に、私事となりますが、私は、党務としては民主党政策調査会の 副会長に任命され、前原会長の下、(現時点の構想では)国家戦略、 エネルギー政策を担当することになりました。また、国会では 経済産業委員会(理事)、沖縄北方委員会(筆頭理事)に 所属することになり、野党協力を得ながらの経済再生、沖縄振興、 北方領土返還促進等に取り組みます。 これらの役割を全うしながら野田新政権を支え、被災地の復旧・復興、 原発事故の一刻も早い収束、そして、我が国全体に活力を 取り戻すための国家戦略、新成長戦略、エネルギー政策の立案・実現に 全力を尽くす所存です。
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