活動報告

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2006年10月30日(同日発行メルマガ)「ブラジルレポートより その1」

みなさん こんにちは
吉良州司です。


 先月のメルマガでもお知らせしましたが、初の自著本『選挙革命』「われらかく闘えり」<マンモスに立ち向かった草の根の闘い(2003年大分県知事選挙)>を文芸社から刊行いたしました。


 すでに、お読みいただいた方からは、たくさんの嬉しい反響をいただいており、この場を借りてお礼申し上げます。


 数多くのご感想やご意見の中に、私と平松前大分県知事の関係に関するものがありました。本著に「実は私は二十六歳の頃、ブラジルに留学する直前に、当時出納長だった安藤木六氏を通じて平松氏を紹介されました。それが縁で、ブラジル留学中は平松氏宛に『ブラジル・レポート』を送り続けておりました。」という箇所があり、どういうレポートだったのかというお問い合わせもいただきました。


 そこで、私も当時のレポート(コピーを取ってありました)を読み返してみました。22年前のタイムカプセルを開けるような、懐かしさの中にも緊張感がありました。ワープロもなかった時代の手紙には、私特有の下手な字で、当時の思いがぎっしりと詰まっており、改めて、自分の原点を見る思いがしました。そのレポートに書かれていたことは、恥ずかしいほどに、現在考えていることと一致しています。22年間進歩がないというべきか・・・すでに22年前に理念が固まっていたというべきか・・・
 
  それらの中から、当時のブラジルでエポックメーキングともいえるタンクレード大統領の出現(1964〜84年の間続いた軍事政権が85年1月15日の国会議員による間接選挙で「第三の共和制時代」へと転換)についてのレポートをご紹介いたします。
 
  このレポートは、3章からなり、それぞれがかなり長くなりますので、1章ずつ3回に分けてお届けいたします。


 尚、このレポートは当時の原文をそのまま掲載していますが、前後の文意を抜きにして、ある部分だけを抽出すると、誤解を招く内容もありますので、万一、本文中の一部を転用・転記される場合は、全体の趣旨を損なわないようお願いいたします。


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『大統領選挙で思ったこと』
  22年前の平松知事(当時)へのレポート(吉良州司 当時26歳)

「(1)必ずしも、真実に近いニュアンスを伝えきれていない“レッテル”による報道」


 1985年1月16日付の日本の新聞報道では、国際面トップにブラジルの大統領選挙について報道していますが、その内容は

(1)軍政から民主化への移行

(2)憲法改正と将来大統領の直接選挙制実施が確実であること

(3)経済政策は現状の危機脱出の方向を模索するものの、前途は多難であること

(4)南米はチリとパラグアイを除いて軍政から民主化へ移行し、南米全体が民主化のうねりの渦中にあること

 などを中心としています。


 この報道の中で、真実でないものはありません。それは、新聞の使命からして当然でしょう。しかし、“限りなく真実に近いニュアンス”を伝えているかと言えば、決して伝え切れておらず、逆に錯覚しやすい、間違って受け取られやすい内容になっています。それは、とりもなおさず、「軍政」「民主化」「(軍政による)抑圧」といった言葉のレッテルを貼ることによって、猫も杓子もその言葉による同一概念をイメージさせて
しまっていることが原因と思われます。
それと同時に、逗子市長選の報道(というより、政治に関するほとんどの記事について言えることですが)にも見られましたように「地方」「革新」「反権力」=善、「国家・中央」「親米・安保容認」「権力」=悪というような、レッテルによる図式化、価値の固定化を意図することによって、それを読む人をして現実から遊離した“擬似現実”をイメージさせる結果になっています。


 確かに、ブラジルは1964年のクーデター以来、軍事政権であることには違いありません。しかし、少なくとも小生が半年間生活していて「軍政による抑圧」を感じたことは一度もありませんし、ともすれば軍事政権であることすら忘れてしまいがちです。
「軍政」「抑圧」という響きは、庶民レベルにいたるまでの社会的な自由の欠如や戒厳令一歩手前の社会情勢を想起させてしまいますが、“奇蹟だ”と言われた1964年から73年までの高度成長期に関して言えば、人々は寧ろ、軍事政権を歓迎していたとさえ言えます。


 すなわち、人々が現在苦しんでいるのは、専ら経済的理由からであり「軍政」「抑圧」といった言葉から想起させられる政治的・社会的理由からでは決してないと断言できます。勿論、極左活動に対する圧力はかなり強いものであったようですが、軍事政権に限らず、暴力による政権奪取を企てる極左分子に対しての監視が厳しいのは、何処の国でも同じことです。
 
  小生、軍事政権を積極的に肯定するつもりは毛頭ありませんが、問題なのは軍事政権であるか否かではなく、その政権が人々を幸福に導いているか否かではないかと思います。ブラジルの軍事政権は、幸福を追求しようとはしたものの、経済面においては後世に莫大な付けを残してしまったことからも明らかなように結果的に失敗して人々を抑圧したと言えるかもしれませんが、政治的・社会的には、必要悪として登場しその必要悪(あまりにも国土が広大で、しかも、人種、社会が雑多であるが故に、求心力を持つ政権が必要であった)の使命を果たし終えて、静かに去ってゆく存在のように思えます。


 同じ軍事政権でも、時間的、空間的な差があれば、その内容は自ら違ってきます。特に、ここ数年のフィゲレイド大統領治下では、経済面における諸々の規制を除けば、政治的・社会的には充分民主的だったのではないかと思われます。新聞も「軍政」という一言で片付けるのではなく、どういう軍政であったのか、より真実に近いニュアンスを伝えるべきだったと思います。そうでなければ、「軍政から民主政権へ」と聞くと、何か、偉大な大変革が行なわれて、ブラジル社会が大きく地響きをたてながら変わっていくようなイメージを与えないとも限りません。しかし、実際はそれ程、急激な変化を期待できる様相ではありません。何故ならば、政治的・社会的には今までも充分に民主的であり、人々の待望する経済危機の打開策については、ほとんど選択の余地がない程に、経済状態は行き詰まってしまっているからです。


 経済的なジレンマにつきましては、後程、簡単に触れるとしまして、以下では新大統領の政治的・社会的改革の目玉であります「大統領直接選挙制」について思うことを述べてゆきたいと思います。

以下、次号のメルマガに続きます。


−−吉良州司−−

 

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