活動報告

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2006年11月2日(同日発行メルマガ)「ブラジルレポートより その2


みなさん こんにちは
吉良州司です。


前号に続き、1985年、今から22年前に書いたブラジル・レポート『大統領選挙で思ったこと その2』をお届けします。

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『大統領選挙で思ったこと』
22年前の平松知事(当時)へのレポート(吉良州司 当時26歳)


その2
「(2)大統領直接選挙について思うこと」


 蓋し、物事には順序・段階があり、古人も「天の時、地の利、人の和」と事を為すにあたって“時”を大事な要件と考えてきました。しかるに、ブラジルの経済的悲劇の最大の原因は“時”に対する観念が希薄であったからではないかと思われます。
確かに、1960年代の世界的な高度成長と、インフラ的傾向が70年以降も継続すると踏んで、投資や投機に走った国、企業、人は多かったと思います。その規模が大き過ぎた国や企業は、ニクソンショック、石油ショック、スタグフレーションと続く経済的大混乱や閉塞状況の中で首が回らなくなっていきました。そして、時期的に最も遅く、規模としては最も大きかったのがブラジルではなかったかと思われます。


 ブラジルの道路網や大都市(とりわけブラジリア)を見ていますと、「よくもまあこれだけ貧しい国で、これだけ大きな社会資本投資が出来たものだ!!」と驚いてしまいますが、これらの莫大な外資導入による社会資本投資は、世界的な高度成長、インフレ傾向が半永久的に継続すると予測し、且つその投資効果と自国の豊富な資源を頼めば、容易に返済可能だという判断の下に為されたものだと思われます。


 しかし、73年以降を見てみますと、同じ中進国として同じように欧米や日本の技術・プラントを輸入し、低賃金による価格競争力を付けながら輸出を伸ばしてきた韓国、台湾、シンガポールなどは今尚、順調に発展を続けているのに、どうしてブラジルが低迷どころか、破綻を来たしてしまったのでしょうか?


 その最大の原因は、教育水準の低さにあるのではないかと思われます。ブラジルは雑居、混合文化だと言われますが、最先進国の要素と最未開発国の要素とが同居している現状において、その機関車的役割を果たしているのは何といってもヨーロッパ文化です。それ故、一部の上流階級・知識層には、欧米や日本の一流どころに引けをとらない人々がいます。そして、彼らが高邁な理想の下に、国家・経済・社会の青写真を作り、それを外資の導入によって推進してきたと言えるでしょう。しかし、後続の絶対量が不足しているのです。駅伝で第一区を瀬古選手が走るが、二区以降の走者が小生のような連中しかいないのと同じでしょう。それに比べ、韓国、台湾などは瀬古のようなスターはいませんが、平均以上の実力を持つ選手が全区間にいて、且つその一人一人が一所懸命に走る努力を怠らないのだと思います。そこでは、教育水準と原資の蓄積を待って、新設備を導入し、そしてその設備を効率よく、運営して、外資を稼ぐ、そして更なる教育水準の上昇を待って、更に高品質の設備を導入する、このようなサイクルを繰り返しながらその過程において、自国の状況に適合した設備に改良し、果ては独自の設備を作り出してゆくといったように、日本が辿った道と同じような道を歩んでいるように思われます。ブラジルは、このような段階を踏むことがなかった為、第一次プラント導入のメリットだけは得られたものの、第二、第三と続ける人、金、努力が不足していたのではないかと思われます。


 貧しいが故に義務教育すら全うできない層(黒人や混血児が多い)がかなりの割合で存在し、中等教育を完全に終える人は5人に2人しかいないという状況ですから憂いは極に達します。ブラジルの文部大臣が日本の教育問題を知ったら、贅沢な悩みだと言って羨ましがることでしょう。


 随分、前置きが長くなってしまいましたが、このような状況の中で、新大統領が公約している大統領直接選挙が果たして現時点で最良の方法たりえるのか疑問に思うのです。──経済の再建によって、市井生活を安定させ、貧乏故に小学校すらいけないという現状を打開し、確実に教育水準を上げてゆく──このような順序、段階を追って初めて直接選挙の意味・効果が出てくるような気がしてなりません。


 明治の元勲、大久保利通や山県有朋は、国会開設や普通選挙の実施に関して時期尚早論を唱えていた為、後世(現代)の価値観で歴史を学んだ我々には「反動の元凶」のようにイメージされがちですが、当時の世界、社会情勢からすれば、その方がより常識的であり、結果的に、人々の幸福、利益を守っていたのではないかと考えてしまいます。
 
  民主政治とは、そもそも、自己の所属集団、地域などの利益代表を選出して、自分たちの利益増幅を目的とするものですから、教養水準が極めて低く、自分たちの利益以外の正義を見つけられない層が選挙主体の中心になると、それこそ衆愚政治に陥ってしまう危険性があります。


 ブラジルの人々は、「持てる者が、持たざる者へ恩恵を施すのは当然」と考え、且つ、責任転嫁を日常茶飯事とする傾向がありますから、累積債務の返済不履行を主張するような大統領候補が現れれば、その後の国際的孤立や、国際分業によるメリットを得られなくなってしまうというような後先を考えずに彼に投票しないとも限りません。


 直接選挙は、なんとしても実現されるべき方向であることに全く異存はなく、積極的肯定論者であることを自認していますが、その時期については尚早なる実施は、かえって混乱を招くのではないかと懸念する次第です。やはり「時」を待ち、順序・段階を追って実施することが、結果的には、人々の幸福・利益に繋がるのではないかと思えてなりません。


 以下、次号のメルマガに続きます。


−−吉良州司−−

 

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