活動報告
「中央アジア・コーカサス諸国〜訪問できなかった国々〜」 2006年1月25日
みなさんこんにちは、吉良州司です。
これまで、昨年11月に衆議院外務委員会による公式派遣団の一員として中央アジア諸国を訪問した時のエピソードなどをお伝えしてきましたが、今回はこの訪問で訪れることができなかった中央アジアの国々、具体的にはウズベキスタン共和国、カザフスタン共和国、タジキスタン共和国、トルクメニスタンの4カ国についての概要をご紹介したいと思います。
ウズベキスタン共和国 http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/uzbekistan/index.html
ウズベキスタン共和国(首都:タシケント)は、私が訪れたキルギスの西側に位置する国で、面積は44万7400平方キロメートル(日本の約1.2倍の大きさ)。人口は2560万人です。その内訳は、ウズベク人が約8割を占め、その他にロシア人、タジク人、カザフ人、カラカルパク人、タタール人などです。公用語はウズベク語で、宗教はウズベク人の中で優勢なイスラム教徒スンニ派が多くを占めています。
この国にはかつてアラル海という世界でも4番目(琵琶湖の100倍)の大きさを誇った巨大な湖がありましたが、旧ソ連時代に流入するアムダリヤ川とシルダリヤ川の大規模灌漑が行なわれた結果、急激に水量が減り湖は縮小を続けています。現在は、干上がった地域での塩害、塩分濃度の上昇による魚の死滅など深刻な環境汚染が起こり、日本からもJICAなどを通じたODA援助が行なわれています。
ウズベキスタンは歴史的には様々な民族が侵入を繰り返した群雄割拠の地で、ざっと見るだけでもアレクサンドロス大王、バクトリア、突厥(ティルク系遊牧民族)、アラブ、モンゴル帝国、ティムール帝国などがこの地を治めました。1860年〜1870年ごろにロシア帝国が中央アジア征服を行ないその支配下に入った後は、ソ連邦時代を共和国の1つとして過ごしました。ソ連邦崩壊後は共和国となり現在に至っています。
ウズベキスタンの産業は、農業分野では周辺国と同様の綿花栽培が盛んな国で、年間生産量でアメリカに次いで世界第2位、年間輸出量で世界第4位と上位の生産国となっています。またそれ以外の産業分野では、金の産出量が多く、石油、天然ガス、石炭、鉄鉱石の産出もあります。
カザフスタン共和国 http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/kazakhstan/index.html
カザフスタン共和国(首都:アスタナ)は、中央アジア地域の北側に位置する面積272万4900平方キロメートルの大きな国で、広さはアルゼンチンと同じくらいの大きさです(日本の約7.3倍)。人口は1490万人で、その構成はカザフ人が約50%、ロシア人が約30%で、その他ウクライナ人、ウズベク人、ドイツ人、タタール人、ウイグル人などです。憲法上、国家語がカザフ語、公用語がロシア語という位置づけになっており、両国との関係がうかがわれます。また、宗教はカザフ人の中ではイスラム教スンニ派が優勢です。
歴史的には15世紀後半にカザフ・ハン国が成立し、その後1730年代には一部の勢力がロシア皇帝に臣従するようになりますが、18世紀中ごろには清朝にも朝貢をしていました。1820年代になり、他の中央アジアの国々に先駆けてロシア帝国の直接支配下におかれ、旧ソ連邦時代はロシア連邦共和国の一部となっていました。
ソ連邦崩壊後は、現大統領でもあるナザルバーエフ氏の強力な指導の下、経済改革が進められています。
産業の面では、カスピ海上の油田開発を外資導入で行なっています。すでにテンギス油田などは産出を開始しており、2004年度に独立後はじめて経済がプラス成長に転じました。ただ、産業の構造が石油に大幅に偏り始めており、バランスのとれた産業発展も重要な課題です。
タジキスタン共和国 http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/tajikistan/index.html
タジキスタン共和国(首都:ドゥシャンベ)は、中央アジア地域の南部に位置する国で、国土のほとんどが山岳地帯で、東部は中国へと続くパミール高原にあります。面積は14万3100平方キロメートルで、日本の40%くらいの大きさです。人口は約660万人で、その内訳はタジク人が約80%で、ウズベク人が約15%、その他にロシア人を始めいろいろな民族がいます。公用語はペルシア語やウズベク語などの影響を受け複雑な進化をしたタジク語です。宗教は周辺国と同じようにタジク人の中ではイスラム教スンニ派が多数を占めています。
この国の領域は、ウズベキスタンと同じように、アレクサンドロス大王の征服を受け、バクトリア、突厥(テュルク系民族)、アラブ、モンゴル帝国などの侵略を受け、1860年代〜90年代にかけて国土の大半がロシア帝国の支配下に入ります。その後ソ連時代もその支配下で過ごしましたが、ソ連崩壊に伴って独立。一旦は共産党勢力と、反政府勢力が手を結び安定政権ができたかに見えましたが次第にその対立が武力衝突にまでエスカレートし、現在でもロシア軍を中心とするCIS合同平和維持軍が国内の平和秩序の維持を行っています。
タジキスタンの産業としては、農業が盛んで果樹栽培と綿花栽培があげられますが、タジキスタンでの鉱物資源といえばそれぞれに生産量は少ないながら、亜鉛、錫のほかウラン、ラジウム、ビスマスなどの希少金属の鉱床を有しています。これらの金属は産業を動かしてゆくのに不可欠ですが、希少であるため鉱床を有する国との関係は戦略的に重要度を増しています。
トルクメニスタン http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/turkmenistan/index.html
トルクメニスタン(首都:アシガバット)は、中央アジアの西側に位置し、同国の西側はカスピ海と接し、南側はイラン・アフガニスタンと国境を接しています。ほとんどが低地と台地であり、国土の70%はカラクム砂漠に覆われています。人口は約480万人で、その内訳は85%がトルクメン人、その他にロシア人、ウズベク人などがいますが、国名にもトルクとあるように、公用語トルクメン語はトルコ語の影響を受けています。
この地域のほかの国々と同様、1860年代からロシア帝国の征服を受けますが、カスピ海を経由したロシア軍がトルクメニスタン地域に拠点を置いたことから鉄道の整備もされ、それを利用してロシア向けに特産の綿花が運ばれ、綿花栽培業は一層の発展を見せました。ソ連崩壊後は、共和国となり、1995年には国連で永世中立国として認められるなどしましたが、その半面で独立後大統領に就任したニヤゾフ氏が終身大統領となるなど、独裁的な面もあり、独自の道を歩んでいます。
トルクメニスタンの産業としては、農業はタジキスタンと同様に綿花栽培が盛んで、農業以外では天然ガス・石油の産出が行なわれています。特に天然ガスの埋蔵量は世界第4位とも言われますが、周辺国が主な輸出相手であり、旧ソ連崩壊直後は周辺国の不払いにも遭い、国の経済に大きな打撃を受けました。ただ、1999年からパイプラインによってロシアへ年間200億立方メートル以上の天然ガスを供給し始め、更なる需要も見込んでいます。
以上、これまで今回訪問できなかった国々についての情報を簡単にまとめてお知らせしました。この地域は今後のエネルギー政策にとっても重要であり、更に掘り下げて勉強してゆきたいと思っています。
−吉良州司−