活動報告

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「中央アジア視察その8」メルマガ61号 2005年12月9日

みなさん こんにちは!吉良州司です。
今日は中央アジア視察の第8回目の報告、ロシア編です。

モスクワの野村駐ロシア日本大使公邸にて。ロシア外務省ヴヌコフ第一アジア局長(左から3人目)、野村大使(同4人目)と視察団一行

今回のロシア訪問は、必ずしもロシア政府や議会関係者との公式会談ではなく、 その直後にプーチン大統領の訪日を控え、特に北方領土に関するロシア政府の意向 を事前に把握しておきたいことがあり、キルギスから日本への帰国ルートをモスクワ 経由として、ロシア外務省の対日本責任者と意見交換することが目的でした。 そのような事情から、ヴヌコフ・ロシア外務省第一アジア局長との会談は野村 駐ロシア大使公邸で行いました。

 

この会談の目的はほぼひとつですから、原田外務委員長より、北方領土の返還につき、 「世界地図を見てみれば一目瞭然だが、北方4島はロシアにとってはほんの小さな部分 に過ぎないが、日本にとっては大変重要な位置を占める大事な固有の領土であり、 是非返還を考慮してほしい」と直線的に問いただしたところ、ロシア側は「ロシア にも『世論』があるので、簡単に応じるわけにはいかない」とのコメントがありました。

 

正直言ってこのコメントには全く納得がいきませんでした。 そこで、私は「自分が日商岩井という旧ソ連やロシアとの取引関係が深い会社にいた こと、また、現在自分は民主党に属しているが、民主党の産みの親は日ソ共同宣言を 推進した鳩山一郎元首相の孫、鳩山由紀夫元代表ということもあり、ロシアとの友好 関係をより増進させたいという強い想いを持っている」という相手に敬意を表す言葉 に続けて、次のように問いただしました。

 

「大変、失礼な質問になるがお許し戴きたい。ロシア国内の『世論』があるというこ とだが、この世論は事実がちゃんと伝えられた上で形成された世論なのか?日ソ中立 条約を一方的に破棄して攻め込んだ事実もロシア国民に知らされているのか?」 これに対して、「日ソ中立条約は第三者がどちらか一方の国を攻めた時に中立を守ると いう内容であり、日本が真珠湾で米国を攻めた段階で、この条約は無効になっている」 との回答でした。

 

太平洋戦争開始時点で米ソ同盟が成立していたなどということは聞いたこともありま せんし、ヤルタ会談は国際法上拘束力を持たないとの解釈が通説であり(最近はブッシュ 大統領もヤルタ会談の内容につき疑問を呈している)、この回答は全く当を得たもの ではありません。
このやり取りが象徴するように、プーチン大統領訪問では、結局、領土問題をはじめ、 日本側が得るものはほとんど何もありませんでした。

 

それもそのはずです。今回のウクライナ、キルギス訪問で実感したことは、ソ連帝国 の復活が進みつつあるということです。新聞テレビ報道でご承知の通り、ロシアは 原油価格の高騰などエネルギー、一次産品の価格上昇により、経済は空前の活況を 呈しており、エネルギーをロシアに依存するCIS諸国も1991年の独立以降、ロシア 離れを進めていた国々も含めて現在は再びロシア回帰が進行しつつあります。

 

また、つい最近、長年懸案だった中国との国境問題も決着し、ロシアは今、絶頂期に あるといっても過言ではありません。日本にとって唯一の切り札だった経済協力も、 ペテルスブルグへのトヨタ自動車の工場進出が決まったことで、ロシア側は「何だ! 領土問題が解決しなくても日本最大の企業で、最大の投資効果をもたらしてくれる トヨタが進出してくれるんだ!領土問題で妥協することは必要ないし、時期的にも、 そんなに急ぐ必要はないんだ!」と思っていることでしょう。 このような状況の中で、それでなくても強硬派、武闘派のプーチン大統領が一歩でも 歩み寄ろうとするわけがありません。残念ながら、今回の得るものなき日露首脳会談 の帰結は自明だったように思えます。

 

政治家は数十年先にタイムスリップし、その未来から過去である現在を振り返るよう な先見性が必要だと思いますが、この対ロシア外交ほど、そのことの必要性を感じる ことはありません。1991年にソ連が崩壊した直後から、市場経済を志向し始めたもの の、なかなかうまくいかず、1997年くらいまでのロシア経済は悲惨なものでした。 この間のロシア政府は、日本からの経済援助、協力がほしい為に、日本側が「ロシア は4島返還も考慮してくれているんではないか!」と期待させるような「思わせぶり」 の対応をしていました。

 

弱っている相手の足元をみるような外交は如何なものかと思う一方で、外交は国益と 国益とが激しくぶつかり合う武力を伴わない戦争だとも言えます。ロシアがとことん 弱っていた1990年代前半、半ばに領土問題を有利に展開させるべきであったと思わず にはいられません。

 

私も米国日商岩井ニューヨークの部長時代、部としてロシア向債権を持っていましたが、 ロンドン・クラブという民間債権の減免や支払い時期の延期交渉を行う場で(因みに 公的債権の減免・延期交渉の場がパリ・クラブ)、一部の債権放棄に応じた経験が あります。この時、日本の政界、経済界ともに、お人よしとして債権放棄に応じるの ではなく、「転んでもタダでは起きない」という信念の中で、しっかりとロシアから 取るべきものは取るという対応、外交を展開すべきではなかったかと残念でなりません。

 

現在のように相手が絶頂期の中では、下手に日本側が妥協するような愚を避け、「いずれ、 必ずロシアが日本の経済力を必要とする時がくる」ことを信じ、臥薪嘗胆を旨として、 領土問題については妥協せずにひたすら正論を吐き続けること、また、ロシアの世論を 味方につける努力(真実の説明)を地道にやっていくことが大事だと思います。

 

(以上、次回に続きます)

 

PS:今配信している中央アジア視察シリーズの手記は、視察中及び帰国してから 書き上げたものを加筆・編集の上で順次お送りしています。

クレムリンをバックに赤の広場にて
 
レーニン廟の前にて

 

−吉良州司−

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