活動報告
2004年12月1日 草道昌武・元日商岩井社長に別府市でお会いしました
皆さんこんにちは。吉良州司です。
草道元日商岩井社長と再会
先日、高校の同窓会があるということで別府市に来られていた草道昌武・元日商岩井社長から激励の電話を戴き、さっそくお会いしました。草道さんは私がニューヨークに赴任した当時の日商岩井米国会社社長兼米州総支配人でその後日商岩井本社の社長に就任された方です。
「吉良君はニューヨーク時代から目が活き活きして輝いていたからなあ。きっと何かやってくれると思っていたよ。知事選の時から応援していたんだ」と久しぶりの再会をたいそう喜んでくれました。
ニューヨーク赴任時の草道さんの温情
日商岩井は風通しがよい会社で課長や部長は勿論、社長さんに対しても「さん」づけで呼び合う風土でしたので草道社長も「草道さん」と呼びます。草道さんからそのように言われ「すぐ木に登ってしまう性格」なので心底嬉しく思いました。というのも、私がニューヨークに赴任した時、私はもっとも若い採算責任者(年齢が若い為に肩書きは課長だが、部門長から部長権限をもらって採算責任を負っていた)で、しかも前任者まで、日商岩井米国会社で唯一の赤字決算の部だったので、たいそう気にかけて下さっていたのです。中南米を含む米州の全採算責任者が集まる決算見通し、次年度予算会議の席上、初年度から強気の黒字決算、黒字予算を(無理して?)提出した私に「吉良君、本当に大丈夫か?最初から無理せんでいいぞ!」と温情をかけて戴きました。過去一度も黒字になったことのない部の採算責任を引き継いだ為、もし赴任後2年間黒字を達成できなければ、部は取り潰されて他の部に吸収される、そして私は帰国させられる という運命が待ち受けていることが分かっていましたのでこの温情は本当に心の救いでした。草道さん自身が「強気」(時には「豪腕」)で有名な方だっただけに、この温情は参加者からも意外に思われたかもしれません。また、米国時代の私は、世界銀行、米州開発銀行などの国際金融機関や各国の制度金融の参加を得ながら、民間が事業参画したり、投融資したりする電力開発、空港・港湾建設・整備、上下水道建設・運営、高速道路建設・運営などの社会基盤整備プロジェクトを立ち上げる仕事をしておりましたが、その型のプロジェクトを推進するに当たって草道社長に提出した提案書をものすごく高く評価してくれ、米国生活、米国ビジネスをスタートしたばかりの自分に自信を与えて戴きました。
草道さんは病気をされたこともあり、以前の豪快さが幾分影を潜め、好々爺然としておられました。いつまでもご壮健で、今後も若い世代をご指導戴きたいと思います。

−吉良州司−