活動報告
2003年12月30日 「吉良州司とお互いを称え合う集い」
いよいよ2003年も残すところ1日となってしまいました。今年最後の活動報告です。
去る12月23日(火)にコンパルホールで開催した「吉良州司とお互いを称え合う集い」についてです。
今年2月、大分県知事選への出馬宣言をした私のことを知る人は、決して多くはなかったはずです。そんな無名の新人を国政の場に送り出していただいたのは、ひとえに、「吉良州司」に共鳴し、支援し、賛同の輪を広げていただいた吉良ボランティア党、皆さんの努力の賜物です。地域のため、国のため、そして子孫達のために従来の政治の流れを変えることを決断し、多くの「しがらみ」を断ち切って、「吉良州司」とともに立ち上がってくれた皆さんの勇気と行動力を、私は称えずにはおられませんでした。そうした私のわがままな思いに、増してや、年末のあわただしい時に400名以上の方々が参加していただきました。重ね重ね、感謝せずにはおられません。ありがとうございました。
さて、集いでは、当選からの私の活動を報告いたしました。
また、私の活動の基本については次のようにお知らせしました。
私は、院内会派「民主党・無所属クラブ」に所属して、国会内においては単なる無所属議員という立場に留まらず、特別国会においては文部科学委員会と国会基本政策委員会に所属し、そして1月からの通常国会においては同会派の一年生議員としてはただ一人、予算委員会に所属することが決定しています。各委員会もそれぞれ専門的な分野を受け持つのですが、この予算委員会はテレビ中継もある国会の花形委員会です。国家の重要事案全般について取り上げられる与野党の論戦の場でもあります。私が目指す「信念の政治家」に向けて、研鑚を重ねて政策通の政治家となることを皆さんに約束しました。
今後の大分での活動は、これは委員会に絡むことですが、平日びっしりと詰まった審議日程に加え、日夜の政策勉強などで、地元へは金帰火来は到底困難です。土帰日来となりそうな状況です。地元では、土曜日曜に集中するとは思いますが、引き続きミニ集会などを通じて直接の対話を重視して行きます。
次に、「政治家吉良州司」が日常の政治姿勢として取るべき基本的なスタンスとして、私の信条を述べさせていただきました。衆議院議員として、日本と大分の元気回復に専念をします。冠婚葬祭出席、祝電・弔電発信、就職斡旋など国政や大分の元気回復に直接関係ないことには原則対応しません。従来の政治を変え、選挙革命によって当選した私の真骨頂だと受け止めていただければと思っていましたが、会場の皆さんからは一斉に拍手が起こり、この方針を暖かく承認していただきました。私を支持してくださる皆さんの志の高さと、期待の大きさを改めて実感する瞬間でした。
続いて、選挙の際の事務局長であり、引き続き私を公設第一秘書として支えてくれることになりました弟の吉良卓司から、今後の支援体制について構想とお願いをいたしました。
従来の地域・グループで混在している名簿を整理し、全ての皆さんを住所別の名簿に分類し、その上に同窓会、OB会、趣味のグループなどの名簿を作成させていただくという2階建て方式で行きたいというものです。それぞれのグループは「きら☆きら会○○グループ」などの名称をつけてはどうかという提案もいたしました。
今後は、メールや文書によって様々な「きら☆きら会」との連絡を密接にして行きたいと考えています。
この「称え合う集い」によって、私は皆さまへの感謝の念と期待の大きさを再確認しました。そして、今後はより一層、ホームページや各種メディア、直接の対話を通じて皆さんと直結する必要性を痛感した次第です。
その結果、その一環として、新年よりこのホームページを通じて、「ビデオメッセージ」を発信して行こうと決意しております。
詳しくは、新年元日より始まる「ビデオメッセージ」をご覧下さい。
最後になりましたが、今年一年のご支援に対して感謝申し上げますとともに、皆様とご家族のご健康と益々のご活躍を、そして、来年もみなさんにとって素晴らしい年でありますことを祈念致します。よいお年をお迎え下さい。
−吉良州司−