142「久しぶりのチリ、ペルー その1」 2010年03月23日
みなさん こんにちは 吉良州司です。
長いご無沙汰をお許し下さい。朝から晩までほとんど外務省漬けで、 余裕のない生活を送っています。
先日、政府特使としてチリの大統領就任式(バチェレ前大統領→ピネェラ 新大統領)に参加することを主目的としてチリ、ペルーに出張してきました。 3月8日に出発し14日に帰国した7日間の旅(ペルー1日、チリ3日間)だった のですが、滞在地での宿泊はチリでのわずか2泊だけで、後は機内泊4日という、 かなりハードな出張でした。 ニューヨーク駐在中は月に2~3回は出張していた中南米ですが、米国からの 南北移動と地球の裏側に行く日本からの出張とでは日程的にも体力的にも 大違いで本当に大変です。
今回の出張では、ペルー、チリ両国で久しぶりの再会がありました。本メルマガ ではこの再会についてお伝えしたいと思います。
ひとつめは再会と言えるかどうか、チリの大地震との再会です。 ブラジル留学中、南米南部を地球の半周分に当たる2万キロを、 乗車時間約280時間かけてバスで旅をした、その最中の1985年3月2日のことです。 私はアルゼンチン・ブエノス・アイレスからバスで20時間ほど南西の距離にある 「バンビの里」ともいわれるアンデス山麓の保養地バリローチェから、バスで アンデスを越え、チリのプエルト・モントに入りました。この前日の3月1日に チリで大地震が起こり、今回大統領就任式のあった海沿いのバルパライソは 壊滅的な被害を受けていたのでした。この時も日本にまで津波が押し寄せたと 聞いています。 私がチリに入ると決めた時、何故このように大地震が起こってしまうのか、 チリの人には本当に申し訳ない気持ちで一杯です。25年前のチリはまだ 軍事政権時代で、地震直後は戒厳令が布かれ、公的機関の建物の前や 公共交通機関の駅やターミナルなど銃を持った兵士の姿が目立ちましたが、 今回は民主主義の象徴でもある「選挙による政権交代」があり、その象徴たる 大統領就任式が行われる時期でもあり、また、地震発生から約2週間 経っていたこともあるのでしょうか、社会全体が平穏でした。 また、報道では、震源地に近いコンセプシオンをはじめ、建物の倒壊が ひどい印象を持っておられる方が多いと思いますが、地震発生直後に 現地入りした大使館員に話を聞いても、確かに一部では傾いたり倒壊したり している建物はあるが、新しい建物はほとんどが耐震構造となっており、 思ったほどの被害状況ではなかったとの報告を受けました。私が滞在した 首都サンチアゴやバルパライソなども一部亀裂が入っていたり、 壁が剥がれ落ちたりしていましたが、全体として被害は大きくなく、 街も平静で、活気に溢れていました。 中南米で一番貧しく、ほとんど無政府状態であったハイチとは異なり、 チリは民度も高く、一人当たりのGDPも1万ドルを超えており、つい最近、 先進国クラブであるOECDの仲間入りをした先進国です。災害対策も それなりに行き届いていたようです。 残念だったのは、出発前に見聞きしていた地震直後に略奪が横行した という報道でした。ニューヨーク駐在時代の1995年から2000年まで何度も チリに出張していた経験から、民度の高いチリで、どさくさに紛れて略奪が 横行するなんて考えられないと思い続けていました。安心したのは、 略奪が行われたことは事実ですが、それはほんの一時期のほんの一部の 場所に限られていて、それも物資がなくなることを恐れた人と一部の ワル若者達の仕業で、物資が届き始めた後は、盗った物は元に戻されて いたということです。 久しぶりの訪れたチリは、美しく、人々のホスピタリティも素晴らしく、 また、警護に当たってくれたSPなどの責任感も旺盛で、やはり、 南米第一の民度と生活水準を誇るチリだと再確認しました。
この久しぶりのチリで感動的な出会いがありました。現在、 在チリ日本大使館の大使運転手を務めるクラウディオとの再会です。 クラウディオは元日商岩井チリ会社の社長運転手を務めてくれていた 真面目な働き者で、私がニューヨークからサンチアゴに出張する時は 必ず世話になっていた恩義あるチリ人です。先方も出張者であったに 過ぎない私のことをよく覚えてくれていて、お互い、半分涙を浮かべながら 抱き合って再会を喜び合いました。その際にクラウディオが私に 言ってくれたことが心に響きました。「自分(クラウディオ)は、 日商岩井という日本企業で働きながら、人との接し方、仕事に 取組む姿勢など、多くのことを学ばせてもらって今がある。 日本のため、チリのため、日本・チリの良好な関係のため、 忠実に働くチリ人がここにいるということを是非覚えておいてほしい」と。
私は人を肩書きで判断する人間、また、そのような社会の風潮に対して ずっと疑問を持ち続けてきた人間です。その意味では既存社会秩序の抵抗者、 反乱者かもしれません。選挙に通っただけで、えらくなったと勘違いして しまう愚かな議員もいます。肩書きがなければ、たとえその人が立派な人で あってもいばりちらし、立派ではないのに肩書きのある人にへつらう、 どうしようもない人間の性(さが)を永久に放逐したいと思ってやみません。 その意味で、クラウディオが私のことを覚えていてくれたこと、 抱き合って喜んでくれたこと、そのクラウディオが上記の言葉を プレゼントしてくれたこと、これこそ、私にとって最高の勲章です。
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