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国会発言録

No.002 159回国会「衆議院 予算委員会公聴会 1号」  2004年02月26日


②平成16年2月26日 予算委員会公聴会
○笹川委員長 次に、吉良州司君。

○吉良委員 大変貴重なお話、どうもありがとうございました。
 経済の問題とイラクの問題についてお伺いしたいと思います。
 私自身は、まず、金子先生の現状分析、すなわち、現在の国のあり方というのはまさに粉飾国家であり、小泉政権が掲げる構造改革というのはその粉飾国家を糊塗するための役割を担っている、この国の形を改めるには、情報開示、そしてリセットボタンを押して再出発する必要があるという御意見に極めて感銘を受けたわけでございます。
 一方、吉野先生の話の中で、国際競争力の強化の必要性ということについても私自身は共感を持ちました。ただ、吉野先生が提言された、またお話しされたことと、それがどうして現在の予算案に賛成なのかということは、正直、どう結びつくのかということは理解できませんでした。そして、吉野先生のお話の中には、日本経済の復活のためには、ある意味では金融力の増強が必要だという見解と承りました。
 私自身は、実は、金融より、日本というのはやはり物づくりにこだわるべきではないかという考え方を持っております。米国流の、いわば金融至上主義とでもいいましょうか、そういうことによる経済成長、発展について疑問を持つものであります。
 また、これはきょうのお話ではありませんでしたが、金子先生が常々世界経済の分析という中で、現在の世界経済というのはバブルをつないでいるだけだという指摘に、米国流の金融至上主義というものが一翼を担っているんではないか、かように思っている次第でございます。
 というのは、実は、私自身は、九五年から二〇〇〇年九月まで米国におりまして、先ほど吉野先生の話でも出ましたけれども、アジアの金融危機に至るまでの間というか、それを挟んで米国の金融機関、または世界銀行、IFC、国際金融公社等と一緒に、米国企業、日本企業と一緒にアジアのいわゆるインフラ整備を、BOTとかBOOと呼ばれる、いわば海外版のPFIの仕組みでプロジェクトを立ち上げる仕事をずっとやっておりました。電力でありセメント、それから高速道路等、インフラ整備を民間の資金とノウハウを利用してプロジェクトを仕上げる、こういうことをやっていたわけでございます。
 その中でつくづく感じておりましたことは、本来なら発展途上国には発展途上国の発展段階がある、インフラ整備の身の丈に合った発展段階がある。ところが、米国流の金融技術といいますか金融手法によって、本来なら五年後、十年後につくらなければいけないインフラ整備を、米国流の金融手法により、全部将来の需要を先食いしてしまった。または、本来なら身の丈に合った欲望でいいはずを、現在の欲望に火をつけてしまう、こういう効果を担っています。
 世間では、アジア危機というものが単に短期資金の急遽引き揚げというふうに言われていますけれども、私はそういう実務にずっと携わっていた経験から、先ほど言いました将来需要の先食い、それから身の丈に合わない投資というものをあおってしまった、これは、先ほど言いました世界全体のバブルを誘発してしまったんではないか、その結果の一つのあらわれがアジア危機ではないか、こういうふうに思っているわけでございます。
 そういう意味で、ごく簡単でいいんですけれども、今言ったアジア危機の問題点の一つとしての私の認識についての吉野先生の見解をお伺いできればと思っています。

○吉野公述人 ありがとうございます。
 おっしゃいましたように、やはり私が見ていますと、先ほどの世界銀行とかそういうところが、随分、欧米を中心とした考え方から、自分たちの経済発展のやり方が世界全部でいいんだ、こういうような考え方があると思います。
 私は、実は、アジアにはアジア自身の成長の仕方があると思いまして、その意味では、日本的な成長の仕方というのは随分影響力があったはずなんです。ところが、残念ながら一九九〇年から日本経済が低迷しているものですから、なかなか、それまでアジア的な成長ということを日本が言っていたことが世界に通用しなくなったという面はあると思います。
 それからもう一つ、先生がおっしゃいましたアメリカ流の、あるいは先食いをしながら余りにも早い発展ではないかということに関しましては、私もそう思いますが、そこで重要なことは、アジア各国の内部の方が、もっと世界に対して自分たちの発展の仕方はこうあるべきだということを言うべきだと思います。それをうのみにしながらそれに従っていくということ自身がよくないと思います。
 アジア通貨危機のすぐ直後のことですが、インドネシアは非常に大混乱になりました。ところが、タイとか韓国は割合、その後急に回復いたしました。その二つの大きな理由は、インドネシアは海外のIMFや世界銀行の言うことをそのままうのみにし、そして聞いたことでありますし、韓国とかタイは逆に、自分たちの中を知りながらそれを外圧として受けて、うまい形でそれを融合させたと思います。ですから、そういう意味では、今後の成長の中では、自分たちの国の中からどう発展させるべきかということをきちんと世界に言い、その中から世銀やIMFとのうまい融合ということがぜひ必要ではないかと思います。

○吉良委員 ありがとうございます。
 次に、金子先生にお伺いいたします。
 先ほどのお話で、やはり粉飾国家というものの現状を改め、リセットボタンを押して再出発するということをおっしゃっていただいたわけでございます。先生の持論では、現在の経済運営が続けば、日本の地方の中山間地の集落崩壊、それから、先ほども御指摘ございましたけれども、地方都市、大都市も含めてインナーシティー問題が生じてきて、これはもう日本全体に壊滅的な打撃を与えてしまう。これは、バブル以降、資産デフレから始まり、消費デフレ、輸入デフレ、そして最後はもう地域デフレに至ってしまう、このことについて大変な危機感を先生は抱いておられるというふうに了解をしております。
 その意味で、地域再生の具体策について、今政府案で出されました三位一体の計画というのは、私及びもちろん民主党系は極めて不十分だという見解を持っておりますけれども、地域再生の必要性とその具体策、そして現在の三位一体にかわる地方分権、地方主権のあり方について御見解をいただければなと思っております。

○金子公述人 御質問の趣旨を十分に踏まえているかどうかわかりませんが、一つは、なぜ地域のデフレに対して非常に危機感を持つかというと、これは歴史です。
 一九三〇年代がそうだったんですが、あらゆる国で、地域が衰退していくと、ちょうど山でいうと、すそ野がどんどん落ち込んでくる。国際的な貿易が非常に縮小していくような局面になったときに、国内需要に頼らなきゃいけないのにもかかわらず、財政で支え切れなくなって縮小していくというプロセスが続いて、非常に大きな困難にぶち当たったという感覚です。
 もう一つは、実は一九七〇年代の末から起き始めた欧米諸国におけるインナーシティー問題への連想です。多くの場合、都心が空洞化して移民が集中する、何か不況になると、たちまち移民暴動が発生して社会の治安が悪化するというような事態に直面して、ようやく克服されつつあるんですが、実にその克服に、戦略を立てて二十年かかっているわけです。
 例えば、私はイギリスに当時調査に行きましたけれども、一九七六年にインナーシティー問題に関する政府の調査が出て初めてそのことが自覚されて取り組んでいる。ところが、私は、残念ながら、今の状況ではそういう問題そのものが自覚されていない、政治の分野で自覚されていないことに非常に危機感を覚えております。
 もう少しはっきり言いますが、歴史的な流れとして起きている地域経済の衰退は、一時的な不況によって起きているんではなくて、町や村の崩壊という現象である。これはちょうど多くの欧米諸国が直面したのと同じ問題に直面しているんだという認識がないことであります。裏返して見ると、地方分権の目的そのものの議論が十分になされていないと私は思います。
 つまり、各人が、分権というのはいいものだという旗印に全員が賛成するんですが、目的そのものがしっかり議論されていないので、あるときは中央政府の、国の財政をカットするために、補助金をカットするための分権であるというふうな認識であり、片方は、地域経済そのものをどのように再建するかという観点からの分権論であり、もっと政治学や行政学からいうと、民主主義とか行政上の人々の権限の問題あるいは参加の問題として論じられているだけで、実は目的が明確になっていない。今は地域経済が衰退をしているんではなくて、実は欧米諸国がオイルショック後に直面したのと同じ事態に直面している。この国は幸か不幸か長い間成長を保ってきたので、こういう事態に初めて直面しているので、全くそういう自覚がないことに、私は非常に危機感を覚えているということであります。
 そういうふうに考えますと、ちょっと国会の場にふさわしくないかもしれませんが、よく通称田中政治と言われるような政治があります。これは、実は極めてよくできていました、私は利益政治に対して非常に批判的ですけれども。というのは、経済学のテキストには全く載っていないことですが、不況の時期に公共事業をし、工場を誘致し、そこに道路を通すというやり方は、ちょうど東京から半年、一年おくれで地域に経済が波及するので、実は不思議なビルトインスタビライザーができていたわけです。つまり、東京と地方の景気がずれることによって、非常に安定的に機能しながら、国内市場を広げて安定的に確保するという機能を持っていたんですが、残念ながら、どちらも機能しなくなった。二つ。一つは、財政赤字で公共事業が十分できない。それから、工場がどんどん中国へ出ていくという形で機能しなくなった。新しい仕組みをつくらなければいけないんですよという、本格的な意味での国の統治の仕組みそのものを経済的な理由から変えていかなきゃいけない、そういう改革の視点が残念ながら政府の案にはなくて、財務省主導の、いわば数字のつじつま合わせとしてのカットが進んでいるために、補助金だけがただ削られていくという非常に奇妙な事態になって、経済のインナーシティー問題はますます深刻になってしまう。
 関東周辺でさえ、県庁所在地のシャッター商店街は異様な勢いで広がっていて、町の中心が空洞化しますと、町がどんどんドーナツ化して、一種の活気がなくなってきて、地域経済全体がぐるぐる回っていくということができないんですね。 私は、農水はBSE以降比較的よくやっていると思うんですが、地産地消であるとか、加工に乗り出して付加価値をつけたり、非常に多様な形で地域で回していく。安全な食品をつくって、地産地消ですからコストを高めて、つまり、コストが高い分だけ、その流通コストを下げる分だけでうまくカバーし、近くで消費できるので安心して食べられる。それから、もう農業だけでは食べていけないので、それを加工してどんどん出していく。
 実は、農産物は、一方で、アジアにどんどん輸出する状況さえ生まれているわけです。自給率は低下しながら、そういう不思議な、乖離的な状況が生まれているのは、地域で自律的に一生懸命やっているところが点のように生まれている。それをサポートするには、中小企業もそうなんですが、地域でまず自律的な雇用をつくる必要がある。高齢化やあるいは環境にいいような、そういう小さな公共事業を自分たちの参加で、町づくりでやっていく必要がある。
 つまり、インナーシティーを食いとめるという明確な問題意識のもとに、自分たちが自分たちで決める。大きな公共事業はもう意味がないし、必要もないけれども、公共事業が依然として必要なのは、今ある課題はインナーシティーだからです。そこで底割れしない非貿易財であるような産業において雇用をつくり出す。私は、奇をてらって海外のまねをする必要はなくて、高齢化のニーズに従って徹底したニーズを追求していけば、実は国際的に通用する製品がつくられると考えているわけです、楽天的に見えるかもしれませんが。
 例えば、フィンランドのノキアは、明らかに、雪の中で、森林で、人口が希薄であるからこそ、九〇年代の冒頭から多くの人が携帯を使っているわけです。それと同じように、ニーズを徹底的に地域を信じてつくる。そこから立ち上がるような、そういう産業を自分たちでつくっていく。そうすると、実はそんなに大きなお金が要らなくても、徹底した製品がつくられる。 そのために、今まで田中政治が合理的な仕組みとして機能してきましたが、もはや機能しないとすれば、もう一度、新しくそういう産業を起こせるような体制をサポートできるような体制に全体を変えていかなければいけない。それが本当の分権の目的であって、財政のつじつまを合わせるのではなく、今ある現実の問題にもっと対応しながら、しかも、国家戦略というんでしょうか、そういうものにしっかり結びついたような分権の理念が必要だろうというふうに私は思っているわけです。残念ながらそうなっていないために、地方の中山間地はどんどんどんどん衰退して……(発言する者あり)あっ、そうですね。それも私はやっております。
 最初にできた竹田市の九重野地区における中山間地を見ていますが、多くの地域を見て回ればわかるように、ぽつぽつと挙家離村をしていくと、水が回らなくなる、それから害虫が発生するという形で、村落そのもの、集落そのものが維持できなくなって、休耕田が年間で十万ヘクタール近く発生するというような状況に何ら終止符が打てていない状況は変わらないわけです。そうなると、もう一度地域自身が立て直せるような形で仕組みを変えていくということが、先ほど述べたような趣旨に当たっているわけです。
 そういう意味で、分権の目的そのものから、国会においてきちんと現状を見きわめた議論をしていただきたいということを、私の席から言うのはおかしいですが、お願いしたいというふうに思っています。
 どうも、ちょっと長くなりました。

○吉良委員 ありがとうございます。
 それから、先ほど、やはり金子先生の方で年金問題について触れていただきました。金子先生の持論の中では、やはり日本の経済が停滞している最大の原因が将来不安、それは年金制度に対する不信感、こういうことで、年金制度の抜本改革を提唱しておられると了解しております。
 民主党が提案をしております、本当にナショナルミニマムとしての基礎年金は、もう全額税でやるべきなんだ、それと比例報酬と組み合わせて、今ある複雑な年金制度を一本化する、こういうことと、先生の持論と非常に近いと了解しておりますけれども、年金制度の抜本改革についての先生の持論をお聞かせいただけますでしょうか。

○金子公述人 年金改革の問題について民主党が一歩踏み出したことは、私は非常に評価しているんですが、残念ながら、もう少し早い時点でその案が実現するならば実現可能であった。しかし、五年ごとの見直しのたびに未積立金が大量に積み立ってしまっている。その時点で基礎年金を消費税に置きかえるだけだと、残念ながら、実はこの未積立金がかえって将来の世代に相当不安を与える原因をつくってしまう。
 というのは、現状で年金給付を受けている人たちの給付水準を現実に下げない限り、未積立金はますます積もっている状況ですから、所得比例部分も本当に保障できるかどうか怪しくなってしまっているというのが私の現状認識です。そのくらい深刻に、未積立金が見直しのたびに額が目を見張るように膨らんでいくという不安を覚えています。したがって、その不安は、裏返してみると、今のような政府案でやっていっても、これで終わるのかという不安、多くの若い世代にそういう不安を引き起こしているわけです、終わらないとする。
 それから同時に、今までの制度は、一つの職業に継続的についている人ほど有利に働くようになっています。残念ながら、今の年金生活者は、異様に格差が広がっております。大企業に勤めてフルに厚生年金をもらって、企業年金をもらって、個人年金をもらうと、実は一千万円近くもらっている人たちがいます。片方で、国民年金だけだと六十万から八十万、フルに納めない人はもっと低い。無年金者も大量にいるわけです。こういう異様な格差が広がっているわけです。
 この格差を放置することはなかなか難しいんですが、実は、既得権益という形で現にもらっている高齢者の人たちの年金給付を切り下げることがなかなかできないので、現実的には若い世代にその負担が全部いってしまいます。若い世代は、残念ながら転職が多くなってくる、やめることが多い、あるいはもともと自営業者であるというような人たちは、フリーターであれ、何であれ、国民年金に加入せざるを得ません。
 ところが、そういう人たちは、もう年金制度に対して信頼を失っておりますので、四割近くが納めない状況になっている。そうすると、他の年金からそれを補てんしなければいけない、あるいは税で補てんしなければいけないという悪循環に陥っているわけです。
 そういうふうに考えると、未積立金も含めて、現状の中で最もリアルに現状を断ち切って改革できる提案は何だろうか、それから加入者が、とりわけて若い世代も含めて非常に不安を抱くような状態、特定の階層や特定の人たちに不利になるような事態、こういう事態を回避するにはどうしたらいいのか、こういう改革の視点が二番目に必要になってきます。
 つまり、財政パフォーマンスで現実的なものと、同時に現にある問題を解決するという不安をどのように除去していくか、この二つが非常に重要な点だろうと思います。
 その意味で、民主党案の中で、前者は余り満たしていないが、後者の点はある程度満たしているという点で評価をしたわけです。つまり、フリーターであれ何であれ、私のように、所得比例税にし、アメリカもそうですが、企業は、ペイロールタックスといいますが、賃金税にする。つまり、正規労働であろうが非正規労働であろうが、企業は、払っている賃金総額に税がかかる、比例税がかかるという形になります。
 これは、実は、国際会計基準上のいわゆる年金債務の表示にも全く合致していて、企業にとっては困らない形になります。しかも同時に、企業側から見れば、とりわけて非正規雇用だけを雇うインセンティブは生まれないわけです。
 同時に、払っている側からいうと、国で年金が一元化されますから、職業を移動しようが会社を変わろうが、年金はつながっていくことになります。支払い額をベースにしてもらいながら、高齢化のピークにおいてそれがつり合えばいいわけです。そこから逆算すればいい。そのときに、一人当たりの国民所得の増加、つまり現役世代の所得の伸びに応じて、上がれば給付も上がるし、下がれば年金の給付も下がるという形で、財政の入り口と出口を一致させる。
 問題は、先ほど申し上げましたように、このようにした場合でも、つまり現役世代、これから払っていく所得比例税は未積立金の分も払っていくわけですね、賦課方式ですので、世代間扶養で。しかし、それでも未積立金はなお残る状況になるんではないか、これは正確に計算しないとわからないんですが。非常に難しいのは、運用利回りの設定であるとか高齢化の比率の設定なんですが、この部分を確定していくことが大事だ。
 そうすると、実は、消費税はこの高齢化のピークを乗り切れば、我々の案であれば年金問題は終わるわけです。つまり、払っているものともらうものがつり合う時点で終わるわけですから。その一定の期間だけどれだけ財源が必要なのかを早く明示して、国民に明示的な負担を求めていく。
 そのとき、先ほど申し上げたように、高齢者の負担が非常に重くなるのは避けなければいけないので、年金課税をしっかりして、高額の所得をもらっている人たちからはきちんと税を取る、そういう方式。所得税でしっかり捕捉する必要がある。それでもなお足りない分は幾ら消費税が必要であるかということを早目に確定しないと、現状のままずるずる続けていきますと、また五年後、また十年後、成長率や高齢化の比率の計算が狂うたびに未積立金がまたふえる、計算が狂うたびにまた不安をあおるということになる。つまり、年金の改革について三番目に重要なのは、エンド、ここで終わるんだというはっきりした限度を明確にすることです。
 我々の案であれば、高齢化のピークがずれても、ずれた期間だけ増税が必要だということであって、永遠に消費税を引き上げなければいけないということはなくなるわけです。そうすると、実はかなり年金制度は安定してくることになります。
 しかし、それでも、現状の年金給付の額より若い世代は多分カーブが寝る形になります。基礎年金ではなく、一元化された年金でミニマム年金は設けますが。そうすると、やはり現物給付、つまり、現金給付で老後を支えるという体制が完全に安心を得られるかどうか。まだ不安が完全に取り除けないとしたならば、基本的には地域を中心にした医療や介護のシステム、地域医療やあるいは地域の介護のシステムというものを、寝たきりにならない、そういう現物給付、医療の供給システムを含めて根本的に立て直していく必要があるんだと思うんです。
 残念ながら、介護保険はサステーナブルではないと私は思っています。なぜならば、中山間地で無理やり介護保険をやっていますが、よく私は冗談でこう言います。高齢者を対象にしていくんだけれども、要介護になる人ばかりを集めて保険をつくるというのは、暴走族を集めて自動車保険をつくるようなものだ。つまり、保険はリスクを分散することですから、全国保険でなければいけないわけです。これが地方自治のもとに行われているのは、非常に奇妙です。全国保険プラス地方税による横出しか、完全な税による現物給付を支える地方税の方式か、どちらかしか論理的にはあり得ないはずなのに、この国では極めて奇妙な仕組みがひとり歩きしているということになります。
 したがって、現物給付もぜひ、同時に年金問題とあわせて改革を考えていただきたいというふうに思います。
 どうも、長引いて済みません。

○吉良委員 詳細な説明、どうもありがとうございました。
 時間がなくなってまいりましたが、酒井先生にお尋ねします。
 非常に雑駁な質問になるかもしれませんけれども、先ほど、部族社会と向き合うことの難しさということについて、冒頭、説明をしていただきました。
 私はいろいろ世界を渡り歩いて、外国の人と夜話すときよく話題になるのが、アメリカ人の人のよさというか身勝手さというか、彼らが掲げる自由と民主主義というのがとにかく至上の価値なんだ、これ以外に、これをしのぐものはないんだということで、どこでもここでもそれを押しつけようとするアメリカ人の考え方、態度を皮肉ることで非常に夜のお酒の場が盛り上がるわけでございます。
 先ほどのお話を聞いても、やはり何千年という歴史を抱え、またこういう部族社会を抱えたイラクにおいて、すごく言いづらい質問かもしれませんけれども、アメリカが掲げるいわゆる自由と民主主義、この民主主義というのは本当に生きるのか、一番ベストの統治形態なのか。
 私は、実はもう随分前に、梅棹忠夫元国立博物館長の「文明の生態史観」というものに非常に感銘を受けた人間で、そこでは、ヨーロッパ及び日本というのは民主主義の土壌があるけれども、イスラム世界、インド世界、中国世界、ロシア世界、ここにおいては歴史上、いいか悪いか別にして、一人の為政者とその他、こういう二元化の政治形態というのが常であるし、現実そうだし、それがいわば安定しているというような論文を読んだこともございます。
 そういう中において、今度の六月に迎える主権移譲、その際のイラクにおけるベストの、またはセカンドベストの統治形態というのは一体どういうものであるのかということを、ちょっと大きな話で恐縮ですけれども、酒井先生にお伺いできればと思っております。

○酒井公述人 今後のイラクのベストの統治体系ということでございますけれども、御質問の中に、自由と民主主義といったアメリカ的あるいは欧米的な理念がイラクにそぐわないのではないかという御疑問があったかと存じますけれども、現在イラクで問題になっておりますのは、まず、自由と民主主義をアメリカが提供していないということに対するイラク人の不満が今の社会治安の悪化をもたらしているということが一点でございます。ですから、むしろイラク人の側から自由と民主主義を求めている。であるがゆえに、直接選挙というようなことを、時期尚早ではあるけれども、テクニカルにいろいろな問題はあるけれども、そういったものを要求している。それをむしろ押しつけている格好になっているのが、アメリカの今の復興政策であります。 これも、政治的な面でももちろんでございますけれども、経済的にも今国内の復興支援の中で一番問題になっておりますのは、イラクの企業の望むような形での復興支援活動が行われていない。すなわち、ある意味では自由というものをないがしろにした形で復興事業自体をアメリカ企業が独占的に行っている。この独占的に行っているがゆえに、今の復興計画自体が非常にいびつな形で行われている。
 すなわち、最も効率的に行われなければいけない電力の復旧あるいは燃料、ディーゼルなどの生産などを行う製油所の復旧、こうしたものが、真っ先に行われるべきところが後回し後回しにされている。つまり、今一番問題になっておりますのは、イラク国内の地元の意見を吸い上げる民主主義の不在であり、そうしたやり方をするのをむしろアメリカが阻害しているということになります。
 ですから、ベストの統治形態は何かと言われれば、これは明らかに議会制民主主義であり、その中で、差別のない形で自由な政党活動を認めるということであります。すなわち、アメリカの常に懸念いたしますイスラム政党、こうしたイスラム勢力が今後の政体の中で台頭してくることがアメリカの利害にとって悪影響を与えるのではないかというような懸念があろうかと思いますけれども、こうした、むしろ自由を阻害するような、特定の政党に対する特定の懸念といったものを排除した形で、むしろ完全な自由で民主的な政体を築くということはイラク国民が望むことであり、かつ、一番望ましい形態であると私は考えております。

○吉良委員 時間は終わりなんですが、もう一点だけ。
 先ほどのお話で、部族のよしあしの中で、部族が望むような選挙結果が出れば皆さん従うけれども、自分たちが望む結果じゃなければかえって混乱を招くだけじゃないかという懸念がありますけれども、その点だけ最後にお願いします。

○酒井公述人 おっしゃるとおり、確かに今の部族政治、特に地方部における部族政治というのは、申し上げましたように、短所として、力にすぐ依存するというような部分がございます。そういう意味では、今後、これまで余りにも中央集権化されていたイラクの政体を地方分権にしていかなければいけないという点がございます。
 そういう意味で、緊急に必要とされるのは、イラクの地方公務員あるいは地方行政をいかに教育レベルで先進国が支援していくかというような点が非常に重要になってくるかと思います。
 もちろん、今の部族の政治をそのまま認める、そのまま政治の場に取り込んでいくというのは大変難しくなってまいりますので、その意味では、日本の戦後の民主化の教育経験であるとか、地方分権体制の確立といったような制度的な経験というものをイラクに輸出していくことこそが、恐らく今の復興支援において一番求められていることではなかろうかと思います。
 以上です。

○吉良委員 これで質問を終わります。ありがとうございました。


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