No.008 164回国会「衆議院 外務委員会 4号」 2006年03月10日
①平成18年3月10日 外務委員会 ○渡辺(博)委員長代理 次に、吉良州司君。
○吉良委員 民主党の吉良州司でございます。 質問通告では、最初にいわゆる思いやり予算をやることにしておったんですが、今の同僚の津村議員が質問したことに関しまして、麻生大臣の方から、ODAはある意味で外交の最も重要な手段であるというような発言がございましたので、質問通告二番目にしておりました経済外交手段としての国際協力銀行、JBICということについてちょっと簡単に触れたいと思います。 恐らく、きょう財務省の方もJBICの方もいらっしゃっていないと思いますので、各論、詳細はまた改めて質問したいと思いますけれども、総論の部分で話をさせていただきます。 その前にちょっとお断りしておかなければならないのは、もちろん、今、政府それから与党の内部でも政府系金融機関のあり方ということで議論されております。民主党もしかりであります。そういう意味で、最終的な結論がまだ出ていない、JBICに対する民主党としての考え方も出ていないという中で、私自身の個人的な思い、見解ということで外務省に質問したいと思っています。 まず、私自身、実は国会議員になる前には商社に勤めておりまして、このODAといいますか、国際金融を使ったもろもろのプロジェクトを追求しておりました。そういう意味で、無償援助も、円借款も、それから昔の輸銀のプログラムを使ったファイナンスを駆使したプロジェクトもすべてやっておりました。 もちろん、有識者会議の中でもかなり、現場の声、相手国のニーズ、それから日本のプロジェクトを実際に発掘しプロモートしていく経済界の声も十分聞けているとは思うんですけれども、一つ私が指摘したいのは、とかくODA、ODAということで一くくりにしておりますけれども、戦後、日本が円借款を通じて主にアジアのインフラ整備をしていく中でアジアの発展に貢献してきた、これはもちろん十分承知しているところであります。 ただ、ODAの中で、円借款と技術援助、無償協力、こういうものがあって、いわばJICAが行っている無償協力、技術協力というのは、いわゆる草の根援助と私は位置づけられると思うんです。もちろん相手国からも高い評価を得ている。実際に実施するそれぞれの分野からも高い評価を得ている。ただ、その当該国からしてみると、やはりインフラ整備等々大型プロジェクトに対する日本の援助というのを最も高く評価しているというのが現実であります。 そういう中で、私の論点は、今、国際金融業務は民間でできるじゃないかとぽっと切り離して、中小企業金融公庫とかとくっつければいい、機能だけ残せばいいじゃないかという議論、そしてODAはODAでまとめればいいじゃないか、こういう議論がなされていますけれども、実は相手国から見た場合は、先ほど言いました草の根援助に当たるJICAがやる部分と、それからインフラ整備にかかわるところは、円借款だけではなくて、やはり国際金融業務というか国際金融、このセットで評価されているんですね。ここには分断がなくて、まさに連続しているんです。 ODAというか、協力といえば何かといえば円借款、円借款と言っていますけれども、官から民へというこの流れは決して日本だけの話ではなくて、また先進国だけの話ではなくて、発展途上国も官から民へというのがあるんです。 オフバランスシートという、やはりできるだけ国としての借り入れを少なくしたいという要望があって、円借款の提案を日本側からしても、できるならば借り入れでなくて、民間にやってもらえるのであればぜひそうしてもらいたい。例えば、発電所建設をするときに、一方では援助で、それはグラントエレメント要素が強いのはありがたい、ただ、投資法制だとか投資税制だとかそういうものが整っているのであれば、やはり自国の民間資金、それから海外からの投資、これによって政府が新たな借り入れをせずにインフラ整備をしたい、発電所の建設をしてもらいたい、こういうニーズが極めて強いわけですね。 そういうときに日本は、今言いました円借款でなくて、実際、それにかかわる民間企業というのは、相手国のニーズを十分把握した上で、今申し上げましたように、投資税制だとか投資法制だとかそういう環境が整っていなければなかなか民間資金でやるのは難しい、だから何とか円借款で、ただし借り入れはふえるよ、こう言う。だけれども、そういう法制が整うならば、今、日本としてもEPAだとかそういう交渉をしていますけれども、それをある意味では促進する意味も含めて、そういう環境が整うならば、日本としても、欧米諸国と一体になって、民間でぜひインフラ整備をやりたい、こういうような流れなんです。 そういう中で、私はまず指摘したいのは、大変失礼な言い方ながら、小泉首相のある方針は、国内向けに大胆な改革をしているんだ、だから一つ二つ残すんじゃなくて一つにするんだ、こういう国内向けの顔で今の方針をまとめ上げていて、実際、先ほど麻生大臣がおっしゃられたように、まさに日本の外交の最も有効な手段というODA、に加えて私はあえて国際金融と言いますけれども、それを駆使して相手国のニーズにこたえていく、これがやはり日本の外交のあり方だろう。 その際には、やはり機能として円借款と国際金融がくっついた形というのは、相手国の立場、そしてそれをプロモートする日本の民間の立場からいって、極めて整合性がある、私はこういうふうに思っておりまして、ぜひその現場の声、それから外交の最大の手段であるODA、国際金融についての相手国のニーズというものを大事にしていただきたい、このように考えておりますけれども、麻生大臣の所見をお伺いしたいと思います。 ○麻生国務大臣 先生今おっしゃったように、私もそういうところにいましたので、住んでいましたので、よくわかるんです。 今言われましたように、ちょっと整理をしてみなきゃいかぬところなんですが、先生はもうJBICになってからでしょう、今の話は大体。JBICになる前の、輸銀、海外経済協力基金というのが一緒に……(吉良委員「両方知っています」と呼ぶ)別々のころから知っておられるね。では、話は早い。 これは、もともと違ったんですよ。この違ったものを橋本内閣のときに、似ているからとかいって、ぽちょっと一緒にしたんですけれども、私に言わせれば、そのとき閣僚をやっていたかと思いますけれども、断固反対。吉良先生と同じようなことを言って、大体違うんじゃないかということを言って、海外経済、いわゆる無償の方は、考えてみれば、これは十年据え置きの二十五年のローンなんというものは、こんなものが金融か。三十五年先なんて大体生きているかどうかわからぬものを相手にしていて、そんなものを相手にこれが金融と言えるか。きちんと担保をとってやる輸出入銀行の話とこれと一緒にするというのは、これはよほどきちんとしないと、モラルハザードが起きるか何かとんでもないことになるぞという話をその当時やった記憶がすごくあるんですが、結果として一緒になって、また今分かれることになったということなんです。 今おっしゃるように、相手国側にすれば、別に金に色がついたわけじゃありませんから、どっちだって同じというのがまず第一点。 二つ目は、今の言われた中で、国際金融の方は、これは約一兆一千億円ぐらいだと思いますが、そのうち約一兆は日本企業が借りておるわけです。相手企業が借りているのは、約一割の一千億ぐらいなんだと思うんですね。傍ら、もう一個の円借の方は、六千五百億か七千億ぐらいだと思いますが、これは丸々借りているのは相手ですから、日本の企業は借りていないわけ。だから、民間だけ、やめてもいいじゃないか、民間がやっているんだから民間でいいじゃないかという、先生に言わせればちょっと現場がわかっておらぬじゃないかという御意見なんですけれども、私もそれはそう思います。 現実問題として、ほかの民間の金融機関がこれに出ていこうとする場合に、JBICが出るか出ないかというのは、自分が出るか出ないかを決める非常に大きな要素になっておるわけです。日商岩井が行ったって全然信用しないけれども、JBICが行けばというような話になっていますでしょう。そうなっているんですよ。(吉良委員「全くそうです」と呼ぶ)でしょう。それはもう別に日商岩井だからというんじゃなくて、どの民間銀行でも、みんな同じですよ。このJBICというのは、すごく大きいんですよ。 そこで、私どもとしては、今回いろいろ、政府系金融機関を一本にするときに当たっても、これは政府系金融機関でもJBICという名前は売れていますから、少なくとも新政府金融機関、何という名前になるか知りませんけれども、メガバンクみたいのができるわけです。 そのメガバンクの中にJBICという名前だけはある程度残しておいて、業務を分担して、円借の方がいわゆるJICAの方に来て、いわゆる昔の輸銀の部分がこっち。OECFとJICAとJBICと分かれるわけですから、JBICの部分に関しては、名前も残して、新しい部門としてJBIC担当、役所ですから局にするんだか部にするんだか知りませんけれども、そういうものにしてきちんとした従来の業務をやり続けさせるような配慮をしておかないと、結果的に、せっかくこれまで効果のあったものを、丸々ちょっと改革という名でつぶして、迷惑するのは日本だし相手だしということになるのは、これはどう考えても避けたいということで、私どもとしては、外務省が所管しますのは、いわゆる円借の部分はちゃんときちんとやりますが、そこはいわゆるJICA法を改正してやらせていただきます。 ただ、分かれたこちらの方は、ちゃんと新しい政策金融部門できちんと対応して、名前もJBICという名前が通っているんだから、それもちゃんと生かされて使うというようなことを考えられたらどうかということで、今御心配の点は、私は全く同じことを考えましたので、その方向で事が今交渉が進んでいると理解をいたしております。
○吉良委員 ある意味で問題意識を共通させてもらっているということはありがたい話なんですが、そもそも改革ということと、本当に日本の国際的な地位とか今後の経済外交を考えたときに、これまた私の持論でありますけれども、本来なら役所の焼け太りがない範囲で経済外交省というのがあってもいいくらいで、そういう経済外交を実施する一つの手段として、こっちにあり、こっちにありというのではなくて、そういう意味でのJBICの今の一体性というのは大事なんだろう。 私も、実は大臣、全く、最初、OECFと輸銀がくっつくというのも全然違うんだと思っていたんですけれども、結局、くっついてみたら、先ほど言いました、相手国から見たら、そこには違和感ない、連続性があるということなんですね。 そういう意味で、機能だけ残すというのはわからぬでもないですけれども、本当に外交の中の最大の手段と位置づけるならば、まさに今私が申し上げたような、経済外交、そのためのアーム、手段というような形でとらえていただければなと思っています。 ただ、もちろん天下りの受け皿という位置づけにならないとか、ちょっと各論には深くは入りませんけれども、先ほどおっしゃったように、日本企業が借りているというサプライヤーズクレジットの部分はぐっと減らすとか、実際、最近ふえていますのは、日本企業が現地に投資をして、その企業が借り入れるというようなことが出てきていますので、そういう意味では、日本企業という名前だったりコンソーシアムであっても、実際は当該国に貸していると同じ意味合いを持つ、これは御理解をしておいていただきたいと思います。 済みません、釈迦に説法かもしれませんけれども、そのことを、私の思いを伝えさせていただいて、ちょっと次回といいますか機会を改めて、JBICについての質問をさせていただきたいと思っております。 続いて、きょうの趣旨であります思いやり予算についてであります。 私も、二期目とはいいながら、まだ二年ちょっとしかたっていない身で、余り大所高所から偉そうなことを言える立場ではないんですけれども、まず、議員というより一人の国民として考えたときに、例えば、一般の人たちが借家に住んでいます。マンションを借りて住んでいます。毎月家賃三十万円払っています。では、これを購入してローンを払うときに、月々二十八万円で済みますとか同じ三十万円ですということになれば、大概の人は、家賃を払い続けるぐらいだったらローン返済で自分の資産にしてしまおう、こう思うのが一般の国民、一般の家庭だと思っています。 その意味で、我が国日本が将来的に南米に引っ越してしまおう、こういうことであれば、例えば今の在日米軍駐留経費についてずっと払い続けてもいいかもしれないけれども、将来的に引っ越すわけでない、未来永劫この極東の島の中に生きていくという以上、そういう米軍の駐留経費を負担していくぐらいであれば、先ほどのローンを払って自分の資産にするじゃないですけれども、自分の自主防衛、自力防衛のためにお金を使うべきだ、私はこう思っているんです。 断っておきますけれども、日米関係の重要性だとか日米同盟の重要性というようなことにけちをつけるつもりはありません。それはある意味で、昨今は議員になっている者の共通認識だと思っています。 その前提で、なおかつやはり申し上げたいのは、今言いました、そんなお金払うぐらいだったら、戦闘機買いたい、迎撃ミサイル買いたい、そこにお金を費やしたい、こういうふうに思っておるわけです。 その意味で、前回の外務委員会の質問を聞いていましても、これは大変失礼ながら、自民党の先生方も、そもそも論とか自主防衛について簡単には触れていながら、でも日米関係大事だから、その重要性にかんがみて、やはりこれはしようがないなという結論に大概なっているわけです。本当に形だけ自主防衛等に触れているというふうにしか私には映らない。 そもそも、戦後六十年たちましたけれども、我が国が当初の国策として軽武装、経済大国化、これを一つの国策と掲げてきたこと自体、私は正しかったと思っています。あの廃墟の中で食べるもののなかった時代に、自主防衛なんというのはとんでもない話だったというふうに思っています。 ただ、その国策が功を奏して、日本が世界ナンバーツーの経済大国になった、このような状況において、いまだに日米関係、日米関係と、今言いましたように、大事なんだけれども、ますます依存を深めているようにしか私には思えないんです。 あれだけ世論の反対があったにもかかわらず、岸内閣が断固、それこそ死んでもいいじゃないけれども、命をかけて、安保改定ということで対等な日米関係に持っていきたい、対等な同盟に持っていきたいという歴史があった。私は先ほど言いました、日本が世界二位の経済大国になった、ある意味で八五年のプラザ合意以降、なぜ、より一層の自主防衛路線を政府として模索しなかったのか、してこなかったのか。 自民党のことかもしれませんけれども、やはり憲法改正、自主憲法制定ということで、そしてこの自主防衛というのは、ある意味で真の独立を果たしていくということのその悲願がずっとあって、そのために、我々はというか先輩諸氏含めて、みんな頑張ってきたんだと思うんです。 やはり、真の独立というのは私はキーワードだと思う。ところが、自民党の方々からその真の独立を果たすというような言葉、どこからも出てこない。何か米国への依存が当たり前という感覚にしか私はとらえられないんですけれども、ちょっと自分の演説会でもないので、この思いやり予算に関して、麻生大臣が、真の独立ということの自主防衛路線、これはアメリカを全く無視するということではないですよ。より自力で、自分の国は自分で守っていくという路線についてどうお考えかということをお聞きしたいと思います。 〔渡辺(博)委員長代理退席、委員長着席〕
○麻生国務大臣 国会議員になって、答弁するような立場になって七、八年たつと思いますけれども、最もまともな御質問だったと思って、敬意を払います。 いや、まじめな話、すごく大事なところですよ。思っていても、結構思っている人はいるんですけれども、なかなかこういうところで堂々とそういうことを言う人はいない。何となく書生っぽいじゃないかとかなんとか格好つけて、言わないんですよ。私は、言い過ぎるといつも問題を起こしている立場なんですけれども、基本的に、今のところはすごく大事なところだと思っております。 吉良先生、やはりあの時代、私はその岸内閣の安保騒ぎのときに、ちょうど昭和三十五年、二十の学生ですから、まさに全共闘の前の全学連の時代に巻き込まれて、非常に鮮明な記憶がある時代でもあるんです。 私どもは、それからかれこれ五十年近くがたちまして、いわゆる有事法制、国民保護法制というような法律が、三年前、全党が衆議院の中に入って、そして牛歩とか徹夜とか乱闘とかいうような騒ぎもなく、少なくとも粛々と、民主党を含めて約九割の方が有事法制に賛成、一年おくれて国民保護法制に賛成という形で通っていったというのは、昔を知っておられる方々から見ると、驚天動地はちょっと言い過ぎでしょうけれども、いろいろな思いがおありになっただろう。その当時から政治の世界のかなり近くから見ていた者からすると、それがやはり大きな世論の変化なんだと思うんですね。 それが、冷戦が終わったという状況がかれこれ十五年続いているんですけれども、何となくまだ冷戦構造の意識が抜けていない、なぜなら、日本の場合は冷戦を正面切って戦っていませんから。 そういった意味では、私どもは非常に判断を間違えない、国際情勢を間違えてはならぬ大事なところで、冷戦という立派な戦争が行われて、我々は知らない間に勝者側に立っていた。かつての第一次欧州大戦に大した参加もしないで勝者側に立ったときと似たような形になっているんだと思いますが、その後の判断を間違えて御存じのようなことになっておりますので、私どもはここは非常に大事な判断をしなくちゃいかぬ。 そのときに、自主防衛だという点に関しましては、私も自主防衛という概念は基本的に正しいと思います。今、自主防衛の方が高くつくという話が多分一つの意見です。 それから、長いこと、冷戦の中で日米安保のもとに、アメリカ側から見れば、ぬくぬくと手に入れた繁栄じゃないか、おれたちはみんな体張ったんだ、おまえらはぬくぬくと稼いでという意識は多分向こうにはあります。それは三百六十円が百二十円、一時期八十円までなったんだから、逆に言えば、一ドルが千六百円ぐらいになった計算になりますので、それは向こうにしてみれば、冗談じゃないと多分おなかの中では思っていますよ。 僕は、そういう点からいきますと、ここは、確かに今の考え方としては一つの見識として持っておかねばならぬ大事なところなんであって、日本人自身がその覚悟をするというのは、私自身は大切なところだと思っております。 したがって、さっきローンの話を例に引かれましたけれども、いい例だと思いますよ。私どもも、そういった意味では、少なくとも、昔、松野頼三という方が、まだ御存命ですけれども、この方が吉田茂に、こんな片務条約があるかといって当時の内閣総理大臣に食ってかかった場面があるんですけれども、そのときには、松野、犬飼っているかと。終戦直後のこと、そんなもの、今危なっかしいから犬ぐらい飼っていますよ。番犬と思ったらどうだ、えさ代は向こう持ちだと言って、おれはごまかしたんだと。 ごまかしたという表現がすごく大事なところで、その当時はやはりじくじたるものがあったんですよ、それで多分ごまかしたという表現をしていますけれども。 今は、払うだけの金は持ったんだけれども、自分で柔道を習って番をするのか、相変わらずどこかに傭兵を頼むのかというような話にとられると、いわゆる国家として、国民としての誇りをとか、自分の国は自分で守るとか、自分のことは自分でやるとか、そういった基本的なところに一番という話を多分言っておられるんだと思いますけれども、私どもとしては、そういった御意見を持っておられる方が自民党におられることを心から期待をしております。
○吉良委員 この点についても共有していただいているということは非常にありがたく思うんですけれども、先ほど津村議員が常任理事国入りの話をされました、質問しました。 みずからの生存、存立を他国にゆだねる、自分の国を自分で守れないという国は、ある意味でやはり世界からの尊敬、尊崇を受けるわけがないというふうに思っていまして、それから、細かな資料をお手元には配らせてもらっていますけれども、そこは今詳細は触れません。 他の米国駐留ホスト国に比べてかなり巨額の負担をしている我が国が、なかなか今米国にノーと言えない。私は、もちろん国益が一致すれば一緒に行動すればいいと思っていますけれども、いつもいつも米国と国益が一緒とは限らない。やはり時にはノーと言わなきゃならない。 そういう意味で、今言った自国の存立、生存まで米国に依存している日本が幾ら常任理事国に名乗りを上げても、世界のほかの国から見れば、米国の言いなりの、安保理常任理事国の中で米国票が二票にふえるだけだ、こう思われても仕方がないんだと思うんです。 ですから、私が言いたいのは、常任理事国を目指していくということと、米国に時にはノーと言える自主防衛路線というのは、これはセットでなきゃいかぬ。こっちを放棄しておいて、何とか常任理事国になりたいというのは、これは矛盾していると思うんですけれども、いかがでしょうか。
○麻生国務大臣 今、常任理事国に関して、米国の言いなりというのに関して、これは我々もそういうような感じを日本側から見ますけれども、アメリカから見て、日本はアメリカの言いなりになってくれる友好国かと聞いたら、冗談言うなと多分向こうは言うと思うんですね。いろいろこれまで表に出てくるところは、何となく、英語で言えばオビーディエントという感じ、従順というイメージだとは思いますけれども、アメリカから見たら、何をといって、貿易摩擦のことから思い出しても、向こうは向こうで、多分ずっと不満はいっぱいあるんだと思います。 ただ、吉良先生、日本の場合、これまで安全保障という面にいきますと、いわゆるドンパチするPKFの話とか、そういった話にどうしても新聞の関係で我々も目が持っていかれるんですけれども、現実問題、秩序ができた後、その国を復興させる、再興させるということになりますと、例えば、役人が全部いなくなっちゃっているとか、いわゆる行政官がゼロとか、これから、例えば大きな大きな東ヨーロッパの国々の中で、はい、今から地方自治ですなんといったって、今までずっと中央政府一本ですから、地方行政をやろうといったって、地方の役人はいないし、地方税はわからぬし、地方議会もないしというのか、全然ルールもない。選挙と言われても、選挙というのはほとんど余り経験がないなんという国が多いわけで、そういったところに日本という国は平和を構築していくという意味においては貢献できる部分というのはいっぱいございます。 実は、外務大臣になる前は総務大臣をしていましたけれども、そのころ、地方自治大学校というのがございまして、その地方自治大学校の中には、例えばベトナムから学生が来てみたりして、そこで、もともとは地方の官僚をグレードアップさせるために学校というものをつくっているんですけれども、実際は、海外からの学生を受けて、そこで訓練してもとに戻しているというようなことを実は自治省がやっております。 こういったようなことは、海外から見ると物すごく頼りになるところであって、日本は資源がなくてこれだけやれている国、おれたちは資源があってもこれしかできないという、何となく、何か手品があるんだと。だから、それは教育なんです、いわゆる行政のレベルなんですという話をして、何となく納得すると学生を送ってくるということになっております。 今、常任理事国の例に引きますと、日本の貢献というのを腕力に期待している部分はありませんけれども、いわゆる黄色人種として、少なくともG8の中にいて、ほぼ同じ目線で、資源もなく、小さな面積のところから出てきた国が、自分たちよりはるかにすごいことをやってきておるという実績は、かなりコンビンシブル、説得力のある話だと思いますので、私どもとしては、国連の常任理事国入りした後、ほかの発展途上国等々が日本に期待している部分というのはむしろそういうところであって、プラスそこにODAがくっついてきてみたりするんだと思います。 ODAの裏側には、勤勉とか、いわゆる働くとか労働とか、そういうものに対する美学も一緒にくっついてきているというところが日本の非常に自信を持って今後海外展開をしていくべき大事なポイントではないかと思っております。
○吉良委員 麻生大臣のお話、答弁もごもっともではあると思いますけれども、最終的には、常任理事国にならんとすれば、支援を得て、選挙ということになって、もちろん地道な外交努力というのは大事ですけれども、やはりイメージ、常にアメリカの後ろにくっついている、このイメージでは理解は得られないし、そういう意味では、そういうアフリカ諸国等々に対しては中国もどんどん手を伸ばしていっているわけですから、日本がきちっと独立した、アメリカに常に追随しない国であるという印象を持ってもらうことが非常に大事だというふうに私は思っています。 資料で一点だけ、正直、精査された資料ではありませんが、この大きな黒い矢印があるものを見ていただきたいんですけれども、横の一枚物です。 これは、単純な数字の足し算、掛け算なので、これが実際面でどこまで有効かということについては正直わかりませんと、そこまで申し上げます。 ただ、先ほどの一般の人が考えたときのローンと家賃という比較で見ていただければわかるんですが、その六千二百十六億円というのは、資料の一ページ目にも載せていますように、これは、義務的経費だとか、直接支援の思いやり予算だとか、狭義の思いやり予算だとか、そのどれをとるかによって違ってきます。ただ、仮に全額これを自主防衛に充てたとしたら、掛け五年間、そうすると、ほぼ、今の在日米軍のすべての能力とは言いませんけれども、戦闘機二百機、イージス艦四隻、護衛艦五隻、ミサイル艇二隻、これだけのものが装備できるわけなんですね。 それを考えますと、繰り返しにはなりますけれども、安易に努力義務を、もちろん節約しろと言っています、今アメリカにノーと言えない以上、そういう努力は必要かと思いますけれども、もっと根本にさかのぼって、やはりこれだけのお金があればこれだけの装備を備えることができる、自主防衛に一歩近づけるという参考のためにこれを出させてもらいましたので、ぜひ自主防衛路線というものを再考いただきたいというふうに思っています。 それで、私がこのようなことを主張しますのは、日本は日米同盟、日米同盟と、これをきちっと守っていれば日本の安全、東アジアの安全は守られる、このように皆さんは思っておられるかと思いますけれども、本当にそうなのか。 今のように、中国が経済的に発展し、アメリカにとっての工場でありマーケットという位置づけがますます強くなり、そして、今の中国が未来永劫今の体制であるという保証はどこにもありません。仮の話ですけれども、中国が民主主義国家になった、人権擁護というものを前面に押し出す国になった、そのときに、日中の対立があったときにアメリカが必ず日本につくという保証はどこにあるんだろう。 これは私のオリジナルではなくて、三井物産総合研究所の寺島実郎さんという方が、もし一九四九年に共産中国が成立しなかったならば、日本の発展は三十年おくれたであろうということをよく言われています。 要は、米国として、当時の蒋介石中華民国を支援していたわけですから、そしてもともと、私の勝手な歴史認識ですけれども、太平洋戦争というのは、いろいろな物の見方がありましょうけれども、ある一側面をとらえれば、日本、米国両方とも、おくれた植民地獲得、経営に乗り出したところが、中国をめぐって対立したという見方ができる。アメリカは、門戸開放、みんながもう全部中国に進出してしまっているので、自分にもその経済的分け前をよこしてほしいということで入っていったという要素がある。 したがって、今言いましたように、アメリカが支援をし続けていた蒋介石中華民国がそのまま続いていたとすれば、防共ということでの日本の位置づけというのはぐっと下がって、アメリカはここまで援助しなかっただろう、そういう見方もできるわけですね。 ただ、そうしたときに、中国共産党が成立して、あるときから開放経済ということを前面に押し出して、まず、経済の面からはある意味では共産主義を放棄した、社会主義を放棄した、今、政治体制だけが残っている、これが本当に何年か先、民主主義国家にならないとは限らない。 そうしたら、アメリカというのは、繰り返しますけれども、もう今でもアメリカにとって中国というのは、日本と同じように、工場でありマーケットになっていますから、米国が中国を重視しても全くおかしくない。 そのときに、今、東シナ海だとか領土問題だとか、こういうような争いが実際にある中で、日本というのは、やはりアメリカ抜きでもある一定の防衛はできるという体制をつくることがどれだけ必要かと私は思っておりますが、その点についてのまた麻生大臣の御所見をお伺いしたいと思います。
○麻生国務大臣 まことに傾聴に値する御意見なんだと思いますが、だから、やはり日米というのはきちんとしておかないかぬという話なんだと思うんですね。 やはり基本的には、世界の中で、今一九四九年の例を引かれましたけれども、日本にとっては一九五一年の朝鮮事変なんだと思うんですね。これによって、いわゆる冷戦というものが非常にはっきりして、あの当時は第三次世界大戦というのが非常に注目をされた状況でもありました。 あの朝鮮事変というのは結構深刻でして、先生の生まれたところもですし、私は北九州に生まれたんですが、東京は朝鮮事変の動乱景気でうはうはのころ、私ども北九州にいた者にとりましては、昭和二十六年、まだ敵機来襲、もちろん灯火管制、対空機関砲なんというのは、門司、小倉ではそんな珍しいことではありませんでした、朝鮮事変でミグ幾つとかいうのがいっぱい入ってくる時代でもあったので。そういったものを経験した世代からいいますと、やはり冷戦というものが日本というものの重要性を非常に増させたということは、否めない事実として我々は認識をしておかねばならぬところだと思っております。 ただ、一九四九年、蒋介石が勝ったらその後どうなったかという話は、これはまた全然別問題ですよ。だから、そこのところを考えておかぬと、ちょっとなかなか難しいところなんだと思います。 いずれにいたしましても、日米安保条約というものを結んで、ここまで、我々としては、米軍の抑止力の傘のもとでぬくぬくと経済的繁栄を営めたというのは疑いもない事実なんだと思うので、やはり日本として、そういうときの、日米安全保障条約における一番のフロントラインにいるわけなので、前方展開部分のところの抑止力というものを我々は担っているんだと思っておりますけれども、少なくとも、それが日本にとって、もっときちんとやるべきことをやるべきではないかというのは、私も全く御意見に関しては賛成をするものでもあります。 ぜひ、そういった意味で、そういった意識は、昔は、この種の話は国会でするだけでも、国会は今ごろとまっていますからね。間違いない。私どもの最初に当選したころはそういう時代でしたよ、にこにこした雰囲気なんかとてもありませんでしたから。 こういったことが言えるようになったというのは、日本の論議もかなり現実的なものとして成熟されてきたものかなというのが、私の方もちょっと、たった二十数年間でも感無量の面持ちがありますから、これは五十年、六十年の昔から知っておられた方から見たらとても考えられぬというような話だと思います。 いずれにいたしましても、やはり基本的に自分のことは自分で守る。ただ、守れない部分がありますから、その部分に関しては抑止力に頼るというところですけれども、頼る分が少なければ少ないほどいい。ただ、その分だけ覚悟と経費はかかるということだけをきちんと腹におさめて、腑に落としておかないといかぬところだと思っております。
○吉良委員 時間もそろそろなくなってまいりました。 私も、日本がすべてできると思っていません。核を持たないという国是の中で、やはり、核を持っている周辺国がいる中で、アメリカの抑止力というものが必要なことはもう十分わかっています。 だけれども、新防衛大綱の中でも、抑止力から対処能力重視ということになっておりますので、いざ何らかの攻撃、侵略を受けたときに、抑止力はそれを起こさせないためですから、実際受けたときに、それに対する反撃能力をきちっと自国で持つ、これは自前でできることなんだろうと思っていますし、ある意味では、抑止は米国に、特に核に対する抑止は米国に、でも、実際の有事があった場合には自力で、これが一つの考え方ではないのかということを申し上げたいと思います。 ちょっと時間がなくなりましたので、質問の三番目については、一つの問題意識だけを述べさせてもらって終わります。 日本の経済的な繁栄、安定を確保するためには、当然ながら、資源、エネルギーの安定確保というのが最も重要なことである。 そういう中で、再三私はいろいろな場で言っていますけれども、中国を中心としたBRICsが、世界じゅうの化石燃料を中心とした原料資源、エネルギーを買いあさり、また非効率な使い方でもって浪費している。こういうことを考えたときに、それがためにまた石油も上がり、鉄鉱石も何もかも上がっている。 こういう状況を考えたときに、やはり日本は原子力の平和利用といいますか、この技術を持っておるわけですから、中国を初め、ちょっと各論は今せぬけれども、積極的に、化石燃料を含めた世界のエネルギー資源、原料資源の浪費といいますか消費を抑えていくという貢献をしていかなければならない。そのために、先ほど言った国際協力銀行なり日本のメーカー、技術の果たすべき役割は大きいし、それはまた外交の大きな手段になるということで、またこれは時を改めて取り上げさせていただきたいと思います。 ということで、私の質問を終わらせていただきます。ありがとうございました。
○原田委員長 次に、武正公一君。
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